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2014年12月30日

2014年の終わりに 改めて『日韓・アジア教育文化センター』について思う

韓国中高校韓国人日本語教師へのアンケート(2014年2月実施)を糧にして

井嶋 悠

[嫌 / 反/ 侮/ 蔑……韓・中]
雑誌等の特集で、マスコミやインターネットで、この言葉群が激増して久しく、且つ継続中である。
私の身近でも、韓国(人)、中国(人)への嫌悪を言う日本人はうなぎ登りだ。

私と韓国との出会いは1993年、「ソウル日本語教育研究会」(高校韓国人日本語教師を中心に、中学・大学の日韓日本語教師の公的研究会)の当時会長と役員3人の韓国人である。それが『日韓・アジア教育文化センター』の源流で、5年後、中国・台湾と出会う。
(以後20年間の活動内容は、このブログを掲載している[http://jk-asia.net/]を参照ください。)

私自身、幾つかの映画から韓国映画の制作力に驚嘆すると同時に、『シュリ』や『JSA』また『ホワイト・バッジ』といった作品から韓国が抱える南北問題、ベトナム戦争従軍問題といった日本にはない社会性にリアルな響きで覚醒された一人ではあるが、“韓流”に傾倒したわけでもない。
しかし「親韓」ではある。但し、韓国で言う「親日」ではなく「知日」の意味に近い。だから得意絶頂的激増には、甚だ複雑な思いが過っている。
ましてや、2年前の2012年に23歳で天上に“戻った”娘に愛情を注いでくださり、死の報せにわざわざ来日くださった韓国人日本語の先生方、更には娘と親近感を共有した同世代の韓国の若者があるだけになおさらである。

それがあるからか、この激増は、一部?の、政治家、有識者、マスコミ更には書店の、悪意ある(する側からすれば善意)策略・扇動ではないのか、と相互にどういう「益」(国益?)があるのか皆目分からないにもかかわらず、あらぬ勘繰りをすることさえある。自分が酷(むご)く情けない話だ。
あたかも「攻撃は最大の防御」とでも言わんとするかのような趣だが、スポーツ用語で十分だ。
中国についても同じである。
ただ、香港(信頼する「香港人」日本語教師がいる)と親日の情の強い台湾は違うように思うが、まだ明確な私の言葉で言えない。

どこの国・地域にも、傍若無人、非礼の、自己・自文化絶対の独善人はいる。
私の69年間の人生でも、そんな日本人に数多く会っている。
この私もその一人であろうから、自照自省自戒そして娘への鎮魂で、昨年2013年夏からこの「ブログ」に醜悪文承知で投稿している。それは、私にとっては、確実に心の整理になっているが。
そして今、自国(人)批判はするが、他国・地域(人)批判はしないと心に決めている。

「従軍慰安婦」問題での「河野談話」「村山談話」。

非政治的志向の私ではあるが、今回のアンケートとそれを可能にした1994年からの日韓、1998年からの日韓中台の交流があるからこそ、この二つの事実を私たち日本人はどれほど共有しているのだろうか、と改めて思う。
一方で、世の動向に直接関わる政治家と彼らを支え導く有識者、そしてマスコミの、それぞれが根拠をもって正当とする主張の多様とその土壌・背景の民主主義からすれば、共有など言うのは矛盾にして感傷に過ぎないのだろうか、とも思ったりする。
それでも、現首相のホンネとタテマエ的発言の真偽が流布し、その都度欧米での批判が同じく激増していることの元凶はどこにあるのかと考えてしまう。

「自」を忘れ、打っ棄った「他」批判は、時と共に自己陶酔の虚しさ、哀しみとして残るだけである。
グローバル化が謳われる現代、弱者救済の言葉が、美辞麗句の政治言語化と堕し始めた《自殺率は世界先進国で1,2位を競い、「子どもの貧困」が7人に1人、「2011・3・11」問題は解決済みかのような、等々》虚飾日本、「日本人の繊細さ」とは真逆に、太平洋戦争をきれいさっぱり水に流し、敗戦後の半世紀に、すべて自力で経済超大国になったかのような神経。
この、新たな「富国強兵」欲望と「弱肉強食・優勝劣敗」を正義とする政治と世情の現代日本は、東アジアは言うに及ばず、世界でどれほどの信頼を得ているだろうか。
現首相の歴代首相最多の国費(税金)を使っての外国訪問(外遊!!)、そして貸与、融資とは一体何なのだろうか。

時間は立ち止まることなく進む。無限。そして人の命も才も有限。
先送りにすることは次代、子孫への罪悪である。
二人の著名な、日本の韓国に精通するジャーナリストと韓国の作家が対談で、「日本では竹島、韓国では独島ということです」と共感的に語り合うのも、
中国の今は亡き高官が、同じく今は亡き日本の高官に「解決は次の世代に委ねましょう」旨言ったのも、
中庸の善意から解せば、人間の有限性を謙虚に言っているとも取れる。

そこで「落としどころ」との政治的言語が動き出すのかもしれない。
歴史は戻せない。しかし意図的ゼロへの透明な切磋琢磨は、人間ならではの可能な所為である。その時、純真な謙虚さが、信頼の加速になる、とこれも69年間の人生自照自省から思う。限られた経験ながら、そこに東西異文化はないと思う。

内閣府が、2014年度に、日本・韓国・アメリカ・イギリス・ドイツ・フランス・スエーデンの13歳~29歳の男女若者各1000人を対象に行った『我が国と諸外国の若者の意識に関する調査』では、日本の若者の政治への関心は、「どちらかと言えば関心あり」を含めれば他国と大差はない。
しかし、積極的関心で言えば低い、との結果が出ている。それに比し、韓国はドイツと同程度に高い。
この結果に思案、憂慮する人が世代を越えてある時、「従軍慰安婦」問題について、先ず日本人老世代の謙虚な発露として、次のようなことについて中高年世代も併せて共有できたらと思う。

○1910年の併合に始まる36年間の植民地支配と日本の過酷な抑圧・支配や残虐行為の事実、また明治時代に醸成された韓国・朝鮮人差別について、私たちに明確な共有があるのかどうか。

○「強制連行」を示す資料はないとのことについて、疑問を持つ有識者が在ると聞く。その事実と根拠の真偽はどうなのか。

○「いわゆる従軍慰安婦」の「いわゆる」の用語について。また、英語のComfort Woman との違いについて、どのような語感と自覚を持っているのか。

○「性」と人間、また男と女の性意識に関して、幾つかの論説、また戦地での男兵士の性は自然として不可決、不可避が当然の前提として語られることについて、その認識に客観的共有があるのかどうか。

ここには[嫌 / 反/ 侮/ 蔑……韓・中]に十全に感得できないでいる私がいる。
だからこそもう一度、アンケート結果の『第1次報告』[本ブログ、2014年5月に掲載]から、加筆、整理し、抄出する。
私の、私たちの直覚、指向の、再考、再確認の縁となることを願って。

来月2015年1月、アンケート実現への尽力者であり、私たちセンター委員である「ソウル日本語教育研究会」元会長で、中高校日本語教科書執筆を重ねている朴(パク) 且煥(チャファン)先生が、更には同じく1月に、
東京で制作した韓国の別の高校日本語教科書映像版の教科書執筆主幹朴(パク) 允(ユン)原(ウオン)先生が来日し、会う。

これらの拙い発言が、改めての意見交換資料になれば、と思う。

 

 

【アンケート報告:抄出】

〔Ⅰ〕 「日本語教師を目指した理由」から(抄)

以下の回答者は、ほとんどが1994年来交流のある旧知の先生方である。

・日本文化への関心 / 日本への正しい理解(30代・男)

・日本の植民地支配に対する韓国人の感情的傾向を克服し、円満な関係を築くための日本理

解とそのための子どもへの教育(50代・男)

・先進国としての日本への学習。

/ 歴史的にも政治的にも関わり深い隣国への理解と教育(50代・男)

・隣国としての韓日友好の発展モデルの形成(50代・男)

・隣国の言葉を通しての文化理解と国際交流(50代・男)

・高校時代の学習(50代・男)

・1970年代開発途上国韓国にあって、先進国日本の文化、経済、科学、技術などを子どもたちに学習させるために。/ 在日韓国人への韓国語、文化の教育(60代・男)
参考:対話のための井嶋の私感から(抄)

1、日本語への興味・関心の回答に対して(抄)

□和語・漢語・外来語の使用について、視覚、聴覚両面からの是非が言われ続け、今一層強くなっているように、私自身も和語について再確認する時機にあるのではと思う。そのことで、外来語多用の疑義、批判への自身の回答にもなると思える。

□日本語のオノマトペ(擬声語・擬態語)の豊かさから、自然と人間と言葉に思い巡らすことで、日本人、日本文化と現代を考える縁(よすが)となる、と私の日本語研鑽からも思う。韓国語もオノマトペが豊かである。言葉と人と自然の日韓親和比較は興味あるテーマだ。そこから、先進国、文明国と人間についても考えが広がるように思えたりする。日本では“近代主義者”は、オノマトペを軽んじると言われているが、詩人草野心平の用法などに触れると想像力が心地よく刺激される。

 

2、日韓近現代史に関わることについて(抄)

□……世界共同体構想にあって、富国強兵型政治の限界が顕在化する現代、それを厳しく指摘する専門家がマスメディアに登場することはほとんどない。
政経関係の研究所の著名な代表者が、私が共感するような社会言動を「反文明的な発言が知的であるような風潮」と切って捨てたテレビ場面に接したが、非常に違和感を覚えた。
また、これは同じく著名な韓国文化韓国語研究者から直接聞いた話で、某テレビ局から「竹島(独島)」問題について自由に語ってほしいとの要請で、収録時、持論を30分余り語ったところ、放映されたのは1分ほどであったとのこと。
編集者は、テレビ局のディレクターであり、プロデューサーであり、その後ろにいる人たちである。(蛇足ながら、その人達のほとんどは高学歴人である。)
これは、原発問題でも同じであり、今なお続く「水俣病」問題でもそうである。

それらの現状にあって、私たちはどう自身の意見を持てばよいのか。
この時、学校教育の重要性が指摘されるが、学校、厳密に言えば教師集団社会(更に言えば人の域を超えた権威性さえ持つ教師が多い集団社会)としての学校が、どのように機能しているか、どれほど検証されているだろうか、と私的経験から痛切に思う。

2005年か06年、韓国・慶州を訪ねた際、公道に、「朝鮮通信使」回顧の大きな横断幕が日本語で書かれているのを見て、韓国人の進取性に感銘したことが、懐かしく思い出される。

私たち日本人は、日本の朝鮮統治で中学校長として派遣された父の関係で、韓国中部の都市・大邱(てぐ)で生まれ、戦後、韓国の母(オモニ)たちの慈愛を背に、福岡の筑豊に住み、日本を厳しく、優しく見つめている、森崎和江さん(1927年生まれ・作家)という素晴らしい女性を持っている。

また、2006年に訪問した「慶州ナザレ園」の日本人老女たちを、その彼女たちに寄り添い、養護する韓国人たちを知っている。

これらの思いは、どのように汲み取られるのだろうか。

□独島(竹島)問題のことで

私たちの仲間の韓国人が、家族共々日本に留学中でのこと。
お子さんが在学した公立小学校(外国人子女受け入れ校)の公開発表授業で、お子さんが、「独島(竹島)」問題を採り上げ、日韓の私たちの手で近い将来に平和的解決を目指したい旨、訴える姿に接した氏の、こみ上げるものを抑えることができなかったとの言葉が、今も私の心に強く刻み込まれている。
そのお子さんは、今、東京の大学で東アジア史を学習している。

□在日韓国人

二人の在日韓国人の大学教員(男性)がいる。二人とも在日韓国人関係の著書もあり、日本でよく知られた人である。
しかし二人の立脚点(視点)は違う。
一人は、2世3世の時代になり、かつての時代の抑圧、差別、貧困だけではない、との視点。
一人は、現状認識は同じ理解ながら、問題の本質は変わっていない、との視点。

最近、「ヘイトクライム」と言う言葉を見聞きすることが増えていて、インターネット情報には、その実際の動画も多い。例えば、東京(新大久保)や大阪(鶴橋)での韓国人・朝鮮人への攻撃である。
対欧米人(主にその白人)に対してはなく、対韓国・朝鮮また中国に対して噴出することに観る、抜き難い人間の差別意識。
日本に限らず古今東西常に在る、自身のアイデンティティ確保と安堵のための他者攻撃心と行動と正当化。扇動するメディア。そのメディアを操る人々。
これも教育の成果なのか。

旧知の在日韓国人から聞いた話で、その数の多少は分からないが、在日韓国人が祖国韓国に行った際、祖国でも侮蔑、差別を受けるという、日本と祖国での二重の差別。
尚、この延長上に入ることとして、日本人と白人との「国際結婚」での子息子女への、日本ともう一方の、両国での差別についても、在職校の経験から幾つか接した。
ところで、日本での「左翼」と「右翼」の用語については、今、改めて確認すべきではないか、と思う。それぞれあまりにも一面的固定的に思えてならない。
左翼=希望、右翼=恐怖との摩訶不思議な図式の検証の必要。

15年ほど前、こんな経験もした。
勤務高校で、ソウルの仲間と高校希望者対象の「韓国研修」を企画した。
希望者に[北朝鮮]籍の生徒がいた。韓国領事館の理解が得られその生徒の参加が実現した。
保護者の事前の心配、不安は大きく(その内容を聞き、現実の怖しさを思い知らされたのだが)、ソウルでは他の生徒(日本国籍日本人)と協力しその生徒と常に行動を共にした。そして何事もなく帰国した。
行きたくとも行けないソウル生まれの保護者の喜び、感謝は尽くせないほどのものであった。

この現実をどう受け止めれば良いのだろうか。

〔Ⅱ〕 「日本への関心対象について」から(抄)

[回答](数字は回答数)

  1. 言葉(日本語)15
  2. 映画(含む、アニメ)13 〈別項の「アニメ・漫画」との合計〉
  3. 食べ物 8
  4. 音楽 6
  5. 歴史 5
  6. 教育 / 美術・デザイン 各4
  7. 経済 3
  8. 思想 / 自然 / 政治 / 技術/ 文学/ スポーツ  各1
  9. [その他]

 

参考:対話のための井嶋の私感から(抄)

 音楽

ソウル市郊外にある「独立記念館」で、独り夏の碧空の飛行機雲を追いながら聞き感銘し、後にそれを伝えた韓国人の仲間からいただいた、韓国の英雄たちを讃える
荘厳で叙情性豊かなクラシック調の歌の数々[CD]は、今も愛聴している。

アニメ

世界に浸透する日本の作品として、「鉄腕アトム」「火の鳥」等々膨大な作品を描いた手塚治虫や、「どらえもん」「ドラゴンボール」「セーラームーン」等々、限ら
れた作品しか知らない私でもあり、

ここでは、私の中で共感することが多い、現代日本を代表する(昨年、引退を宣言)人として、宮崎(みやざき)駿(はやお)氏(1941年生まれ)について、次の書からアン
ケートの趣旨、背景にも通ずる氏の言葉を幾つかだけ引用する。

『時代の風音(かぜおと)』(1997年刊) [この書は、氏と作家の司馬遼太郎〈1996年死去〉及び堀田(ほった)善(よし)衛(え)〈1998年死去〉による対話集で、
「二十世紀とは」「国家はどこへ行く」「イスラムの姿」「アニメーションの世界」「宗教の幹」「日本人のありよう」
「食べ物の文化」「地球人への処方箋」の八章を立て、和気あいあい鼎談(ていだん)を展開している。]

尚、これらの宮崎氏の言葉は、三者の共有の言葉でもある。

「心情的左翼だった自分が、経済繁栄と社会主義国の没落で自動的に転向し、続出する理想のない現実主義者の仲間にだけはなりたくありませんでした。」

「私は敗戦後、学校とNHKのラジオで、日本は四等国で実におろかな国だったという話ばっかり聞きました。……ほんとうにダメな国に生まれたと感じていたので、農村の風景を見ますと、農家のかやぶきの下は、……ありとあらゆる非人間的な行為が行われる暗闇の世界だというふうに思いました。 ……『アルプスの少女ハイジ』というテレビシリーズを作るために、スイスに行って帰ってきましたら、日本の景色のほうが自分は好きだったことに気づいたんですね。ずいぶんまわり道をせざるを得ませんでした。」

「成金になるとしばらくの間、熱が冷めるまではしょうがないでしょうね。なんでも買いあさった挙げ句、もうどうでもいいやと思うようになるまでは。イギリス人だってここへくるまでものすごく傲(ごう)岸(がん)な時代があったでしょう。」

「日本の経済活動の方向は、東アジア全体の現在を考えて取り組まないと、始まったばかりの流民の時代に、取り返しのつかないことになりそうですね。」

「森と闇が強い時代には、光は光明そのものだったのでしょうね。でも、人間のほうが強くなって光ばかりになると、闇もたいせつなんだと気がつくわけです。私は闇のほうにちょっと味方をしたくなっているのですが。」
《参考》

・当時、アニメーション制作の7割(現場の感覚では9割)が、韓国や中国制作、と宮崎氏は指摘している。

・刊行時前後の宮崎氏の作品

1988年 「となりのトトロ」    1989年 「魔女の宅急便」

1997年 「もののけ姫」      2001年 「千と千尋の神隠し」

 

術・デザイン

ソウルの高校の韓国人日本語教師(女性)から、「今、日本では、柳(やなぎ)宗悦(むねよし)はどのように評価されていますか」と質問され、柳 宗悦の評論『雑器
の美』(1925年)を渡したことがある。

食べ物

都市圏文化では「グルメ」と「セレブ」が、一対のような使われ方のように思えるが、そのような高級のものだけでなく、市井の食べ物屋や一般家庭の味を知って
自身の「おいしさ」感について、「食べ物は人間生活で最も保守的」との言葉と併せ、思案してもらえれば、と私の韓国食体験からも思う。

 

教育

以前の交流・会議でも取り上げた主題で、日韓の、国語教育・社会教育・外国語教育についての中高校の現場教員の意見交換から、両国の学校教育の目標と現在そし
て国家の関わり方が、浮かび上がって来るように思える。
それは、負の一面としてある、自殺者数に関して、両国が世界上位10位以内(先進国との意味合いで言えば1,2位)になっていること、
またそのこととも重なる「いじめ」「体罰」問題と併せて、共有できること大ではないかと思う。

思想

これは、東アジアの思想にもなるかとは思うが、源流の中国で昔使われた「家を出れば儒教、帰れば道教」との言葉が、私は非常に気に入っている。
それも一つの「ウチとソト」とも言えるのではないか。

日本で、七五三は神社、結婚式はキリスト教、葬式は仏教などと皮肉っぽく言われるが、仏教の中庸、と無宗教という無尽性は、日本人が本来持っているはず?の、
人為の壁を超えた自然融合という理想の極致(エクスタシー)ともつながっているように思える。