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2019年3月14日

自由律俳人の幾つかの作品鑑賞 俳句再発見・再学習 最終回[二]

~「自由」の心地よさ、為難さ~

井嶋 悠

良い機会なので自由律俳句を、上田 都史の書での引用句や他の書から、幾つか味わってみた。共感もあれば困惑もあった。抄出し、寸感[各句※部分]を添え、数回にわたる[俳句再発見・再学習]拙稿を終えたい。
自由の伸び伸びした世界への夢想の快、自由を知情意で己が血肉とする難しさを思いながら。

自由律俳人を言う場合、河東 碧(へき)梧桐(ごとう)(1873~1937)を源流に、その碧梧桐を師とする荻原 井泉水(1884~1976)そして井泉水を師とする種田 山頭火(1882~1940)そして尾崎 放哉(1885~1926)らを、大きな流れとしてとらえているようなので、はじめにその4人の句を幾つか抄出する。

【河東 碧梧桐】

『蔭に女性ありのびのびのこと枯柳』
※艶なる句とも思ったりするが、だめだ。

『相撲乗せし便船のなど時化(しけ)となり』
※私が描くのは、相撲取りと船と時化の妙なのだが……。

『草をぬく根の白さ深きに堪へぬ』
※「堪へぬ」の語感が、園芸に心傾く私には感慨深い。

 

【荻原 井泉水】

『夏の日寂寞(せきばく)と法堂をきざむ斧(おの)のおと』
※『閑(しず)かさや 岩にしみ入る 蝉の声』を思い浮かべた。

『水車ことかたと浪音に遠きこころ哉』
※独り静かに想い馳せる時間。

『窓を絶えずよ番(つが)い蜻蛉の流るる日』
※やはり秋空を背に泳ぐ赤とんぼがふさわしい。

『かつこう鳴けば淋しかつこう彼方に答え』
※この4句の中で最も好きな句。

 

【種田 山頭火】[『定本 種田山頭火句集所収【草木塔】』より抄出]
抄出に際しては、私なりに山頭火を感じ且つ共感したものを幾つか選んだ。

《山頭火の背景・略歴
家業の破産、妻子との離別、弟の自殺、自殺未遂等、辛酸をなめ、42歳で得度し、雲水姿で諸国を乞食で漂泊し句作に勤しむ。享年58歳。》

以下、◎はとりわけ響いた句。

◎『分け入っても分け入っても青い山』
※爽快な自然と激する一人の男。青山到るところに在り…。

『鴉啼いてわたしも一人』 ※前書きに「放哉居士の作に和して」とある。

『木の葉散る歩きつめる』 ※「つめる」に迫り来るものを思う。

『しぐるるや死なないでゐる』
※どこかしら漂う自棄的な山頭火に心動かされ。

『けさもよい日の星一つ』 ※「星一つ」か。さすがだ。

『枝をさしのべてゐる冬木』 ※山頭火の慈愛と生きようとする姿。

◎『雨ふるふるさとははだしであるく』
※故郷のあるようでない私だが直感的共振する。

◎『ゆふ空から柚子の一つをもらふ』
※野暮な愚者の感想など全く必要のない句。

『ひつそりかんとしてぺんぺん草の花ざかり』
※「ひっそりかん「ぺんぺん草」。詩人。

◎『てふてふうらからおもてへひらひら』
※ひらかなと擬態語の絶妙なハーモニー

『けふもいちにち風をあるいてきた』
※思わず山頭火の写真の貌が浮かぶ。

『しようしようとふる水をくむ』
※「しようしようと」「くむ」の孤愁の響き。

◎『お月さまがお地蔵さまにお寒くなりました』
※辛酸を経たが故の優しさ溢れる句。

『どうしようもない私が歩いている』
※この自虐性がますます酒に向かわせる壮絶な孤独。

◎『笠にとんぼをとまらせてあるく』
※孤独の中の心和むひととき。瞬間の安らぎ。

◎『まっすぐな道でさみしい』 ※ロマンと表裏為す孤独。

◎『生えて伸びて咲いてゐる幸福』 ※開花した花々の微笑みが視える。

『ひとりひつそり竹の子竹になる』
※「ひつそり」が卑俗性を消している…。

『重荷を負うてめくらである』
※やはり今の時代では使えない言葉であることを思いつつも。

『ともかくも生かされてゐる雑草の中』
※乞食漂泊者でない限り分からない実感。

『よい道がよい建物へ、焼場です』 ※強烈な静寂が漂う。

『日かげいつか月かげとなり木のかげ』
※我が身を白日の下で確認したいができない生の宿命。

『草のそよげば何となく人を待つ』
※悟道に向かう山頭火と野卑な小人振りの私。

『何を求める風の中ゆく』
※[何を・風の中]と[求める・ゆく]が導く爽快な想像。

『あるけばかつこういそげばかつこう』 ※自然と共に生きること。

◎『みんなかへる家はあるゆふべのゆきき』
※前書きに「大阪道頓堀」とある。

『こころおちつけば水の音』
※山頭火は己が境涯を「淡如水」と言っている。

◎『わたしと生れたことが秋ふかうなるわたし』
※秋の醸し出す世界と人。

◎『月からひらり柿の葉』 ※ただただ美しい幻想世界。

『やつぱり一人はさみしい枯草』
※「やつぱり」・・「は」・・「枯草」に滲み出る山頭火の人恋しさ。

◎『しみじみ生かされてゐることがほころび縫ふとき』
※どれほどに驕り高ぶる人を見て来たことか。

『足は手は支那に残してふたたび日本に』
※前書きに「戦傷兵士」とある。

『だまってあそぶ鳥の一羽が花のなか』
※山頭火の鳥との一体化の瞬時の快。

『風の中おのれを責めつつ歩く』
※途方もなく多い共感者を思い浮かべる。

『死はひややかな空とほく雲のゆく』
※西に向かっていく雲を追うばかりの人の性。

『そこに月を死のまへにおく』 ※生があるがゆえの死へのもがき。

『枯枝ぽきぽきおもふことなく』 ※孤愁。

◎『窓あけて空いつぱいの春』
※冬になると、冬が近づくと過ぎる北国(雪国)の人々の心。

『霜しろくころりと死んでゐる』 ※前書きに「行旅病死者」とある。

『どこでも死ねるからだで春風』 ※この覚悟があってこその春の風。

◎『寝床まで月を入れて寝るとする』 ※独りだが至福のいっとき。

『死ねない手がふる鈴をふる』 ※前書きに「老遍路」とある。

◎『しみじみしづかな机の塵』 ※sImIjIm IsI・・・tIrIの絶妙。

『鳥とほくとほく雲に入るゆくへ見おくる』 ※孤独がゆえの心の余裕。

『いちにち物いはず波音』 ※地球の久遠と独りの人と。

『しんしん寒の夜の人間にほふ』 ※「にほふ」は人間?寒の夜?

『おちついて死ねさうな草枯るる』
※「死ぬることは生れることよりもむつかしいと、老来しみじみ感じない
ではゐられない。」との言葉が句の後にある。

『かへりはひとりの月があるいつぽんみち』 ※月は山頭火の後ろにあるのだろうか、前だろうか。

『なければないで、さくら咲きさくら散る』 ※読点一つの絶妙な効果。

◎『空腹(すきぱら)を蚊にくはれてゐる』
※ユーモアは心に余裕がないかぎり生まれない…。

『ひろびろひとり寝る月のひかりに』 ※ひろびろひとり寝る、孤独を知り得た者だけの直情。

◎『蠅を打ち蚊を打ち我を打つ』 ※仏教帰依者だからこその説得力。

『夕焼雲のうつくしければ人の恋しき』
※妻子?弟?それともとにかく人だろうか。

『蛙になりきつて跳ぶ』
※同一化の愛とそれを客観的に視るおかしみの自身。

 

【尾崎 放哉】[村上 護編『尾崎放哉全句集』より抄出。]尚、略歴は前回記したので省略する。
抄出に際しては、下記[Ⅰ・Ⅱ]二つの時期での、私なりに放哉を感じ且つ共感したものを選んだ。
以下、◎はとりわけ響いた句。その◎をつけた句のみ寸評を記した。

Ⅰ.俗世の時代(1915年~1923年)

○児等と行く足もと浪がころがれり

○浜つたひ来て妻とへだたれる

○休め田に星うつる夜の暖かさ

◎妻が留守の障子ぽつとり暮れたり
※「ぽつとり」が響く静けさと無心の放哉

◎夜店人通り犬が人をさがし居る ※私は猫より犬を好む。

○嵐の夜明け朝顔一つ咲き居たり

◎昼深深と病室の障子
※北條民雄のことで長島・愛生園に行ったことを想い出す。

◎犬が覗いて行く垣根にて何事もない昼
※犬の眼は実に慈愛と孤独に満ちている。

 

Ⅱ.遁世以後(1924年~1926年)

◎ねそべつて書いて居る手紙を鶏に覗かれる ※何と平安の時間。

○一日物云はず蝶の影さす

◎たつた一人になり切つて夕空
※「なり切つて」に詩人ならではの魂を直感する。

◎昼寝起きればつかれた物のかげばかり ※昼寝の功罪。

○空に白い陽を置き火葬場の太い煙突

○氷がとける音がして病人と居る

◎落葉木をふりおとして青空をはく
※天空を見上げてこそ可能な描写。

◎何か求むる心海へ放つ
※昔海と言う漢字には母があった、を思い出す。

○仏にひまをもらつて洗濯してゐる

◎こんなよい月を一人で見て寝る
※快を詠っているのだろうか、それとも寥だろうか。

○灰の中から針一つ拾ひ出し話す人もなく

○今日も生きて虫なきしみる倉の白壁

○ふところの焼芋のあたたかさである

◎なんにもない机の引き出しをあけて見る
※独りぼっちのひととき、しかし心落ち着くとき。

◎風が落ちたままの駅であるたんぼの中
※まさに絵画である。幻想的絵画。

○ころりと横になる今日が終つて居る

○海が少し見える小さい窓一つもつ

○なん本もマツチの棒を消し海風に話す

◎をそい月が町からしめ出されてゐる ※月は放哉?

○切られる花を病人見てゐる

○障子あけて置く海も暮れ切る

○入れものが無い両手で受ける

◎静かに撥が置かれた畳
※和服の女性の面影と三味の余韻が一層引き立たせる。

○墓のうらに廻る

○掛取も来てくれぬ大晦日も独り

◎肉がやせてくる太い骨である ※人間であることの驚愕。

◎やせたからだを窓に置き船の汽笛
※「窓に置く」との表現の静けさ、寂しさ。

○春の山のうしろから烟が出だした ※辞世の句とのこと。

 

【蛇足補遺③】

私は、山頭火に辛苦をひたすら受け止める者が為し得る濾過された情を、放哉に才智ゆえの孤独な知を直覚する。と言う私は、あまりにも浅薄な感傷の情と切り貼り的知で今日まで来たように思える。
私は放哉の知より、山頭火のぎりぎりの情に魅かれる。しかしそれに近づくことさえ私にはできない。

【現代俳人の作品から】

[藤井 千代吉] 『蝶になれば僕たち花園に住めるね』(1987年)

[松宮 由多可] 『引き算の平生それから先の雪囲(ゆきかこい)』(1990
年)

[和田 美代]  『明日はひらく音するように蓮を描く』(1990年)

[古川 克巳]  『自閉症児とくらい鶏いて木が友だち』(1988年)

 

【蛇足補遺④】

―自作の試み―

人生の後半「苦」を重ねられた恩師で、個人的に親愛の情を寄せていた方が亡くなった時、その方の苦しみ、抗いの幾つかの言葉を思い出して。

『疲れたと言って逝ってしまわれた』

 

【蛇足補遺⑤】

今更ながら、私たち日本人の底流にはひらかなが脈々と流れていることを、今回体感した。
短歌を「三十一(みそひと)文字」とも言うが、俳句同様、人によっては、31音、17音と音数で定型を説明する。確かに、漢字・仮名時にはローマ字さえ使う日本語にあっては、その方が誤解を招かないかとは思うが、日本人の私たちは、心ではひらかなで読み、聞いている。(聞くの場合、同音異義語の多い日本語
だから確認すること多々あるが)表意としての文を表音文字に瞬時に置き換え感じ考える。
こんな(人によっては当たり前のことだろうが)ことを思ったのは、自由律俳句の不安定さを感じながら読んでいて「自由な律」に、定型俳句と同様の音楽性を感じたからである。
俳人[詩人]の俳人[詩人]たる所以。その音楽性に引込まれて行く読者、私たち。
本文中で引用した上田 都史の「自由律で俳句を書く」との言葉が、改めて思い出される。

芭蕉・蕪村・一茶そして自由律俳句を主題に4回の再発見、再学習の投稿をした。
カタカナ言葉を連ねるが、ボーダレス[レスト]、インターナショナリズム[リスト]、ナショナリズム[リスト]といった難しいことを離れ、単に一人の日本人で、33年間、中高校国語科教師であった私にとって、今回の投稿は、日本を再自覚する機会ともなった。
どういう形であれ外国人の存在は、ごく当たり前になり、今年4月以降、外国人労働者が日本経済を支えるため一層増えることになる。
また「ダブル(ハーフ)」も、年々各分野で大きな活躍、仕事をする人が増え、22歳での「国籍選択」で日本を採るのか、もう一方を採るのか、或る意味日本が試されている。
次代を創る若い人たちは、日本の舵をどのような方向に持って行くのだろうか。