ブログ

2017年6月25日

「かわいい」 ―パンダ母子映像報道から―

井嶋 悠

「ブログ」とは、「Web」と「Log」(日誌)を組み合わせた言葉。
2012年4月11日、娘、永眠の日。そこに到る日々、彼女に寄り添う日々にあって、冷厳な事実を突きつけられた私たち。失意と落胆、そしてむくむくと湧き起る学校への、教師への憤怒。親として、人として、教師(中高校)としての、自照自省の始まり。
その一つの形が、1991年からの日韓中台の「日本語」に係る人々と創設した『NPO法人日韓・アジア教育文化センター』(2004年)の【ブログ】への、2013年9月からの投稿である。
それは私の勝手な(と言うのは娘の真意の確認はできないので)娘の鎮魂、供養が初めにあったのだが、進める内に私の生の自己確認ともなり、意志継続薄弱な私としては人生稀有なこと、現在に到っている。そこには文字通り「有り難い」、何人かの方々からの共感と励ましがある。娘の苦笑が浮かぶ。
そもそも「日記(日誌)」は、自身が自身のためにするものだが、近現代?の世からは、読者を意識して書く人々(多くは作家を生業(なりわい)とする人たち)も多くあるとか。私にはそのような度量も器量もないが、投稿する(書く)ことで、再来月72歳を迎えるそれ以降への糧に、少しは貢献しているようだ。
先日、この稀有な体験を後押しくださっている同世代の、今も現役で仕事に精励する方と、旧交を温める機会を得た。
今回の投稿は、その方への、その方を介しての何人かの方々への、改めての感謝が初めにある。

 

日本は、かの「バブル景気」の様相に近づいているとか。
東京都区内の、首都圏の交通至便な駅周辺に林立される“高層(マンション・)住宅(オクション)”が即日完売される現実を、マスメディアから聞けばそうなのかもしれない。しかし、遠近様々な人たちの無形有形の援(たす)けによって借金(ローン)も終え、しかも自然に生かされている人を(逆はない)体感する地に今在るとは言え、到底そうは思えない。心のひだを共有する人々との会話からも。バブルはいずれ必ず崩壊する。人為の驕り。
この地には、首都圏から移住した(ほとんどはリタイア組)人々が集まる“東京村”なるものが何か所かあることを聞いた。かなりの高い比率で地(じ)の人々には不評である。その理由はよく分かる。

「憂き世」は人が人である限り世の常だからこそ、「浮き世」と書くことに己を鼓舞する人間の機微を、慈しみを、そして哀しみを、思い知る。
誰しも「哀・悲しみ」を求め生きてはいない。「かなしみ」に「愛」の字を充てた古代人(びと)の叡智。そこに東西南北異文化はない、との観念(知識)の言葉は今、私の言葉として在る、と思っている。
手元の『古語辞典』(旺文社)での、「かなし」の字義説明の初めの箇所のみ引用する。

1、【愛し】相手を愛し、守りたい思いをいだくさま。いとおしい。かわい
い。
2、
【悲し・哀し】泣きたくなるようなつらい思いをいだくさま。かわいそ
だ。いたましい。
1、から「いつくしむ」「いつくしみ」との言葉に導かれる。『現代 国語例解辞典』(小学館)には次のように書かれている。

【慈しむ・愛しむ:愛情を持って大切にする】。慈愛。ここにも異文化はない。
連日、上野動物園のパンダ親子の報道は、与野党・政治家の「正義」を掲げての醜態に、それに与するジャーナリストたちに、日本は終わったとまで言わしめ辟易している私や私たちに、浄福と生きる力を与えている。

民俗学者の(高級官僚でもあった)柳田 国男(1875~1962)が言う、「すみません」は「心澄まない」との意に従えば、恐縮、謙譲の日本人性を表わしていることになるが、今、どうなのだろう。「国民の・都道府県民の、市町村民の、ために」との、己が公僕[要は彼ら彼女らの給料は私たちの税金]を忘れ、当たり前すぎることを臆面もなく言葉にし、自党にあってさえの罵詈雑言を繰り返す“ヒーロー・ヒロイン”!たちの、言葉観の源泉、背景にあることとはどういうものなのだろう。それも「国際的(欧米的?)」の一つなのだろうか。
かつて、その「国際」の先端を標榜する学校に勤務したときのことが幾つも思い出されるが、国語力の[表現と理解:話し・書き上手と聞き・読み上手]の最悪例に、自身を貶(おとし)めたくないので止める。

日に日に成育する子どもの愛くるしさ。何年か前からひたすらに発せられる、とりわけ若い女性の常套的讃辞表現「かわいい」。漢字で表わせば「可愛い」。

白川 静(1910~2006)の『常用字解』で確認し、抄出する。(尚、氏の学説に関してあれこれ批判があるそうだが、批判は世の常だし、学者でない私としてはあずかり知らないことである。)

【愛】国語では「かなし」とよみ、後ろの人に心を残す、心にかかることをいう。
【可】願いごとを実現す「べし」と神に命令するように強く訴え、それに対して神が「よし」と許可する(ゆるす)のである。許可とはもとは神の許可をいう。

古代人(こだいびと)が、天変地異に遭遇しても懸命に生きる切々とした純真さが伝わって来る。今も私たちは、毎年のように自然災害、更には人為災害に襲われているが、人が行なう科学・技術開発と発展への最前提を忘れ、自己(人間)過信に堕していないか。ここで、前世紀既に自省を深めた西洋[欧米]社会のことをことさら出すまでもないだろう。

清少納言は1000年余り前に言っている。「なにもなにも、小さきものは、皆うつくし」。それにさかのぼること半世紀ほど、日本最古の物語『竹取物語』(かぐや姫の物語)。

「うつくし」。先と同じ古語辞典から引用する。

  1. 【愛し】いとしい。かわいらしい
  2. 【美し】立派だ。

清少納言が『うつくしきもの』(149段)(これも高校古典教科書で必ずと言っていいほどに採り上げられる)の中で挙げる、幼い子どもの幾つかの描写とあのパンダの子どもの愛くるしさに、女性ならではの母性をつなげることは、余りに偏向的なのかもしれない。専門家の解説から、清少納言の美的感覚は彼女特有と言うのではなく、当時の洗練された一般的(貴族社会だけ?)美的趣味そのものであった、と知ればなおのこと。

しかし私は、あの母のしぐさ、眼の時に育児疲れさえ感じさせる慈愛の表情「いとおしさ・かわいさ」に心揺さぶられる。もっとも清少納言や当時の貴族には想像を越えた巨大さだが。
この母のかわいさは、別の小舎で笹をひたすら(無心に?)食する能天気な父親の姿で益々増幅される。

 

前回、樋口一葉に触れた。彼女の身長は当時の女性の平均身長140㎝台だったとのこと。それが凛とした美しさと可憐な印象にひときわ光を与えているのかもしれない。また大正天皇の従妹で、2度の結婚を経て、1921年(大正10年)36歳の時、7歳年下の宮崎龍介〈孫文を支援した革命家・宮崎滔天(1871~1922)の長男〉との、運命的恋を得たとはいえ、波乱の人生を送った才知と美貌と意志の歌人・柳原白蓮(1885~1967)も140㎝台だった由。
などと言えば、先の偏向同様、旧世代の男の勝手・独善の極みではあるが。
因みに、夏目漱石は男性平均150㎝台前半の時代にあって159㎝あったとのこと。そして現代、30歳の平均は、男171㎝前後、女158㎝前後だから、漱石は今風で言えば180㎝近くの、痩身のすらりとした“イイ男”だった。

そう言う私は162㎝で、小中高時代の整列ではいつも最前列で、男女を問わず高身長の人を羨ましく見ていた。しかしそれも他者の心知らずで、165㎝ほどあった娘は猫背で歩き、もっと胸を張って歩けばいいのに、との私たちの言葉には馬耳東風だった。
閑話休題。

柳原白蓮には『ことたま』(言霊のこと)との、大正・昭和(戦後も含め)時代に書かれた自選エッセイ集(2015年刊)がある。その中で、例えば、「昔の女、今の女」(1953年)など、戦後8年にして今を見透かした慧眼と感性の言葉を見る。

私は、表立って「趣味は芸術鑑賞」と言う人や、ここ数年?ポピュラー歌手が自他で「アーティスト」と呼称する感覚が“凄い!”と思う偏屈老人の一人で、「すべての芸術は音楽を憧れる」やそれと同系列表現(元は、19世紀のイギリスの文学者ウォルター・ペイターの言葉)は、私の場合、本来の意味からは逸脱した勝手な解釈を承知しての共振直覚する一人でもある。それは原初的霊性的な「呪術」に近いかもしれない。
そこに、例えば文学において[5・7・5とか5・7・5・7・7]との律動(リズム)であればすべて、といった短絡さはないが。これは形式と内容と感性に係る難題であろうし、私が如き者には手に負えないので立ち入らない。ただ、「詩」を「うた(歌・唄)」とも訓(よ)むことになるほどと思う一人ではある。

 

音楽は人に、とりわけ「憂き」世を体感する人に、過去と現在と未来の自身について、時に後ろ向きの、時に前向きの情動、[感傷(センチ)と理想(ロマン)]を、時空を超えて掻き立てる力を持つ。そこに在るのは、無形透明の響きだけである。形としての言葉[詞]はその後である。

音楽の三要素は[リズム(律動)・メロディー(旋律)・ハーモニー(和声)]と言われ、その美的直感も当然多様で、私の場合一つの比喩表現で言えば「クラシック音楽の古典派(クラシック)」が基調にあって、だからだろう、ドラム・太鼓には、乾いた潤いとでも言うような魅力を感じさせる。
『イマジン(IMAGINE)』はジョン レノンの、ビートルズ時代晩年の『レット イッツ ビイ(LET IT BE)』と同様に、心に沁み入る私の好きな曲であるが、いずれもそこにオノ ヨーコ(1933年~)がいる。最近、「イマジン」の着想、制作での共作が公的に発表された。

(因みに、彼女についてはあれこれ善悪批評もあるが、彼女の(話す)日本語の美しさは秀逸とのこと。それは「東京・山の手言葉」とも言われるが、下町生まれ育ちの江戸っ子三代目を大切にしている妻、その両親(家系的に秀でていて、そこで得た価値観を大切にしていた)の子ども(息子・娘)への厳しい躾の一つが、「さあさあ言葉」の厳禁だったとのこと。(とりわけ娘〈そして広く女性〉の)

もう一つ。1930年代のジャマイカで生まれた、労働者・農民を核とした宗教的思想運動『ラスタファリ運動』を音楽から支えた推し進めたボブ マーリー(1945~1981)の心沁み入る曲は『NO WOMAN NO CRY』。幼少時に父が亡くなり、その後の彼を支えた、音楽家でもあった母親の存在。

いずれも、私にとって先ず[三要素]があって、その後に詞を知ることでの沁み入る、である。

これらの曲を「かわいい」と言う人は、どんなに今様?の若い女性でも、まずいないと思う。「かわいい」の語義をどこかで皮相的一面的にとらえ始めているからではなかろうか。社会と言葉の、人の変容。

「重・厚・長・大」から「軽・薄・短・小」へ、は日本の技術の高い讃辞表現。これを心のことに流用すれば、今日の「かわいい」は文字通り軽薄短小で、それは中学生棋士藤井 聡太君(2002年~)登場で、将棋教室の大繁盛=親(とりわけ母親)が通わせるといった、“芸能人マスコミ”に翻弄される女性(だけではないが)への不快不安的疑問に通じ、同性からも多く発せられているが、後を絶たない。
なぜなのか。「時代」、との表現ではあまりに悲観的虚無的に響く。

 

「男女協働社会」は当然必然のことで、国連からの人権問題指摘からも明らかなように日本はまだまだ発展途上国(後進国)である。「男社会」歴史の意識変革のあいまいさがそうさせている、と人格的能力的に優れた女性に多く出会って来た私は思う。これも自照自省からの(これは改めての)大きな自覚の一つである。
男・女すべて一括りに観る危険は承知しているとは言え、やはり最近事例、女性国会議員の暴言、非道行為は、明らかに犯罪で、学歴的職歴的に「非の打ち所がない」(テレビでのコメンテーター?表現)の彼女がなぜ?と思いながらも、個人の異常で終えようとしていることには疑問が残る。
先に記した、柳原白蓮の「昔の女、今の女」(1953年)の結びの一節を引用してこの投稿を終えたい。

――表立っての実行は男がやりますが、それを動かす力は古今東西にわたって女にあるのですから、女たる者の責任は重大です。
一口にいえば昔の女は馬鹿で、今の女は利巧です。自己満足のためには、他を犠牲とするとも、己れは犠牲を欲しません。しかし、智慧の実をあんまり食べすぎるとまたしても神様からエデンの国を追われるかもしれませんよ。――

「かわいい」の、真(まこと)の女性をそこに見るのだが、どうだろう?

日本国憲法をノーベル平和賞に、と数年前提案した人は、母親でもある国内在住の日本人女性だった。