ブログ

2019年11月1日

多余的話(2019年10月)  『序に代えて』

井上 邦久

 長年にわたり拙文を編集してくれた方から、そろそろ自分でおやりなさい、と言われ製本を試みた文集をお届けします。 ご笑覧いただければ幸いです。

中国駐在のころから一貫して読みにくい悪文を綴ってきました。現地当局の 翻訳官を解読不能にしたいという企みが悪癖となり、日本の方にも文意が通じにくい綴り方が続いています。
駐在中はメディアには載らない現地情報や熱門話題が中心でしたが、帰国後は身辺雑記や個人的趣味の話が多くなりました。
もし卑近な事柄を通じて中国そして世界につながる発想を維持できれば幸いだと思っています。

この一年はずいぶん騒々しいことであった、と改めて感じます。
従来から西暦末尾に「9」が付く年は物騒なことが多発しているなと思っていたところ、ジンクス通り香港・カシミール・ウイグル・中東で困難な問題が起こり、多くの国で内向きの強権思考に陥っているように思います。
為政者の物言いや姿勢が自分勝手でゾンザイになっていることを感じます。 白を黒と言い含め、黒を白と偽るような、筋の通らぬことばかり・・・ 学生時分に流行った鶴田浩二の状況的な唄を思い出しています。
そんな中で『上海の戦後(1945~1949)』が8月に発売され、編集委員のご好意でグレーゾーンに光を当てた拙文を載せて頂き嬉しく思いました。 
(2019年双十節) という小文を表紙と目次に添えて、昨年11月の『11月3日』から本年9月の『望郷』までを冊子にしてもらいました。まず、恩師への近況報告として届けます。
また副教材として学生に配布し授業で使います。また、毎月パソコンで読むことが不便な方にも届けています。  
2009年から集中講座を受け持ち、駐在先から夏休みを使って帰国出講していました。そのテキストとして、一年分の拙文(「上海たより」「北京たより」「中華街たより」)を大学の研究室で冊子にまとめてもらっていました。
その名残で、秋に一年分を整理、修正を施し、併せて題材に因んだ画像を添付して冊子にしています。
誕生月でもある10月に冊子の発送が終わると一区切りがついて、過ぎた一年を振り返って軽い哀歓が湧いてくることもあります。  

この春から大阪商工会議所で中国関連の相談手伝いをさせて貰っています。大阪の産業振興の先達である五代友厚初代会頭や中興の祖の土居通夫、そして稲畑勝太郎の立像を見上げて商工会議所の玄関に入ります。
某日、本町橋を渡り堺筋本町に向かう途中「おたふく手袋」の大看板が目に入りました。
本町橋西詰にあるエクレアと珈琲が美味しい喫茶店「濱田屋」のビルの屋上に据えられていたのを長く見落としていました。おたふく手袋は子供の頃から馴染んだ老舗であり、お多福のお面の商標を堅持されています。しかしホームページを覗くと、ずいぶん若さに溢れた躍動的なイメージチェンジをされています。
看板設置場所が本店所在地であった事、昨年9月の台風で破損した事、改修に際し協議を経て従来通りのお多福のお面の看板を掲げた事を知りました。 そして創業は大正年間でありますが、敗戦後の会社設立日が筆者の誕生日と全く同じである事を知りました。
町歩きによる発見と言えるでしょうか。 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

   

   多余的話     言わずもがなの記       Ⅸ          
                2018年11月~ 2019年9月            井上 邦久      
        Ku-inoue@mbr.nifty.com   

目  次

序に代えて   
2018年11月    『11月3日』
2018年12月    『犬も歩けば(serendipity)』
2019年 1月    『隔世の感』
2019年 2月    『空と風と星と詩』
2019年 3月    『修学旅行』
2019年 4月    『桜花春天』
2019年 5月    『4月30日、舞洲にて』 未採録
2019年 6月    『雲上快晴』
2019年 7月    『水無月』
2019年 8月    『新聞記者』
2019年 9月    『嘉風』