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2023年11月7日

多余的話(2023年11月)  『半周おくれのセミナー報告』

井上 邦久

長年なじんできた「華人研」という会の名称を今年から変更して、
Think Asia Seminar (TAS: www.kajinken.jp)としました。
中国も含めたアジア全域に視野を広げたい、という思いは強くても容易ではなく、身の丈の範囲でボツボツやっています。何とか年を越えて、来年も寺子屋サイズで質疑応答にたっぷり時間を確保していきたいと思います。

年始は「台湾の書店から見る100年」、
2月は大坂町人文化の拠点「懐徳堂」を軸にしたテーマ、
3月には昨年同様の趣向で「崑劇・昆曲」の実技と解説を予定しています。

第二土曜日の午後2時から公私にご多用な皆さんに梅田まで足を運び、2,000円の参加料を払っていただけることが運営の基盤になっています。次にご多忙な講師の方々に申し訳程度の薄謝で登壇願えることが文字通り有難いことです。
幹事・スタッフが100%のボランティアで会の準備やHPを更新することで支えています。

3月の「変面・実技と解説」に続いて、4月からの流れを大まかに伝えさせていただきます。

4月、長年にわたり環境問題、とりわけ中国の環境政策について、調査や研究を続けてこられた中島弁護士に報告をお願いしました。
運営者の理解と参加者への説明が不十分であったため、中国の環境がテーマと言えば10年くらい前までの「おどろおどろしい」環境破壊をイメージして来られた方が多かったかも知れません。逆に言えば、現在の環境政策についてのお話はステレオタイプではなかったので却って意外な発見があったかも知れません。

上海近郊へ進出した製造企業が、操業後の環境規制の強化で移転を余儀なくされる例に多く接してきました。酷い環境破壊は報道されても、徐々に改善されている実態を採り上げるメディアは少ないので、中島弁護士からのリアルな報告は貴重でした。印象的だったのは、「住民からの環境破壊に対する訴訟案件は多いが、司法判断が出ることは少ない。だが係争中に行政が問題案件を先に解決してしまう」ケースの紹介でした。
裁判で白黒をつけない、責任の所在は外部から追及されない、ただし住民の環境状態は一義的に改善されている・・・。
不思議な「三方よし」ではないかと、自分なりに解釈しました。また住民の怒りの根源には高邁な理念もあるでしょうが、それ以上に化学工場などの新設によって所有する住宅価値が下がるのを嫌うことの方にあるようです。
中国ではすでに無産階級の割合が小さくなっている現実も環境問題を考える一つの視点ではないかと思いました。
続いて7月、厳善平教授に安徽省の農村から大学進学や留学を果たした体験に基づく『三農政策』をざっくばらんに語って頂きました。
案内チラシにも活用した写真は、厳先生が撮影したもので現実を鋭く切り取った画像として、示唆に富む解説の材料にされました。
今年も春節明けに発布された2023年一号文件(中共中央 国务院关于做好2023年全面推进乡村振兴重点工作的意见)の分析と20年余りにわたり党・政府一号文件(その年の最重要政策とされる建前)に農業政策が掲げられてきた意味、それだけ重視された農業問題がどのように変化したか(或いはしなかったか)について詳しい資料に準拠して解説されました。
人口動態、戸籍政策、所得格差、権利格差、移動実態の視点から、農業問題が中国の根幹に関わるものでありながら、それでいて長く軽視されてきた事情を知りました。メディアから伝えられる機会の少ない農村戸籍と都市戸籍の二本立て制度の目的、その戸籍制度が撤廃されたとする報道と実態の違い(戸籍ではなく住民票の移動の自由のみ)についても刮目させられました。
華人研時代から例会のテーマとして、第一次産業に注意を払わず、第二次産業、第三次産業に偏った企画を続けたことを反省させられました。
酷暑の夏は一休みして、
9月に「トキ」の再生について遠来の森康二郎さん(京大農学部→環境庁・省→日中トキセンター)に語って頂きました。絶滅した日本野生のトキの再生と日中間の協力を終始見届けてきた体験と東アジアの歴史・地理を俯瞰しながらトキの未来に思いを馳せる視点が印象的でした。
中国と日本の間に位置する朝鮮半島で、最後にトキが確認されたのは38度線の休戦ライン付近の湿地であったという話から、北朝鮮で発見される可能性にも想像の翼が拡がりました。
泥鰌や蛙を餌とするトキには、農薬を多く使用しない湿地が必要条件の一つなので、第一次産業政策と背中合わせの生き物かも知れません。
トキの生息地である中国西北地域から少し北に位置する黄土高原の一隅で、30年にわたり植林緑化や地域産業育成の活動を継続しているNGO「緑と地球のネットワーク(GEN)」副代表高見邦雄さんから直近の現地報告を10月に聴きました。
経済合理性重視のなかで、手作りのNPOや「国進民退」傾向が加速するなかでのNGO活動の居心地の悪さについて個人的には危惧と疑問を感じていました。黄土高原にこつこつと苗を育てていた土地が地元行政機関に召し上げられて緑地公園になる、高層マンション群が、すぐ近くまで押し寄せている、風力発電の装置が林立している・・・というリアルな報告内容もありました。
それらの状況に対して高見さんは長年にわたり中国社会で体験してきた変化への対応力、現地の人に密着してきた親和力、商品作物栽培などで培った経済力について穏やかに説明されました。併せて中国での活動と日本での学習を並行して行うことを通じて築いたネットワークの持続力を知り、多くの老若男女に身近な公園や里山での体験講習を通じて、生態系に眼を向ける機会を作る啓発力を感じました。
地球の表土を傷つける行為(戦争・乱開発・災害・・・)が、 続く中でのセミナーで、報告者各位から全球的な視野と生態系への理解に溢れた報告を聴き、丁寧な質疑応答によって意識と情報の深耕ができました。四名の「語り部」に感謝します