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2014年7月23日

豊真将関の負傷[公傷]から考えた「理」と「気」と日本・人 ―そして「嘆願書」として……―

井嶋 悠

豊真将が、今月名古屋場所の5日目(17日)、日馬富士との取り組みで右ひざに深い傷を負い、自力で立つこともかなわず退場し、翌日から休場した。

治癒に少なくとも2か月かかるとかで、場合によっては幕下陥落になるという。
それは、33歳の彼が、本場所の取り組みでの不慮のけがで引退を勧告されたようなものである。
豊真将自身は、「やり残したことがたくさんある。残り火は全く消えていない」と言っているそうだ。

この寄稿は「理」と「気」の私見と同時に、
とりわけ、権威からの保守性を日毎に強く感じる大相撲関連の「審議会」等委員、正義の代表かのようなNHK新旧一部アナウンサー、そして広くマスコミと、そのマスコミにしばしば登場する大相撲愛好“有名人”に向けた、豊真将の再起日への嘆願書でもある。

日本はそこまで合理社会にして、非情社会になったのか、とますます寂寥に襲われている、私はそんな日本人の一人である。
そこには「規定」は宇宙の原則「理」だ、とのそれを作った人間の、それを玉条とする人間の、心「気」を低次とした人間観、近現代文明人?意識の尊大があると思えてならない。

夏目漱石の『草枕』の次の冒頭文は、かつてなかった力で私を、でお前はどうするのだとの叱責も併せ、粛然(しゅくぜん)とした激しさで打つ。

「智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画(え)ができる。」

私には主人公の画工《余》ほどのものは何もないが、10年前の59歳の時、33年間の中高校教師生活を廃し《越し》、縁あって豊かな自然と清澄な空気に抱かれた栃木県の田舎の地に移り、2年前に娘を亡くし、今、妻と愛犬と生活する日々にあって、やっと私の「詩」が生まれるのかもしれないと、驕りの予感に違いないが、思うことがある。

因みに、2011・3・11の、人災を天災に覆い隠すが如き東京電力と政府の、日本(より焦点化すれば首都圏の都会!?)の経済的繁栄のためには地方が礎になれ、それが世界の強大国として、リーダーとして、日本国民に幸福をもたらす、との非人間的悪魔的姿勢をこの地にあるからこそ実感する。
と同時に、その姿勢を支持する日本人が半数(以上?)いることに不安と不気味さを直覚するのは特殊なのだろうか。

「アベノミックス」との言葉に、地に足をつけて故郷を見ている多くの老若人々が、嘲笑い、苦悶している。
福島の女子高校生が、テレビカメラの前で毅然と言い放った「同情の眼で見るのはやめてほしい」との「同情ほど愛情より遠いものはない」の核心的言葉を、どう受け止めているのだろうか。

(尚、夏目漱石の講演『現代日本の開化』は、明治44年(1911年)であるが、2014年の「現代」、近時の歴史をかえりみながら読むに相応しい警鐘と内向・内発の講演である。)

主観或いは感情の動物・人だからこそ「理」が必要なのは自明だが、それは「その人」があっての理で、「気」のない「理」は言葉だけの非人間の世界だ。
これは、悪しき情緒性の日本的感情なのだろうか。

しかし、元中高校教師の私の中では、娘の心身葛藤そして死の一因から途方もなく自照自省され、気づかされた中学校、高等学校の教師の、無意識下での権威的合理性の「正義」とつながっている。

私は大相撲びいきである。
ただ、場所に直接足を運んだのは、席料の高価さもあって数少なく、4年前に、やはり大相撲に魅入られていた娘と両国国技館に行ったのが最後である。
その時の帰路、臥牙丸関と付き人2人と娘の4人の写真は、大切にしている懐かしい思い出である。

一番一番の勝負もさることながら、横綱土俵入りにはない幕内力士土俵入りの圧巻の美しさ。
江戸時代の”江戸・花の三男(おとこ)“が、与力、火消しの頭、と当時興業見物女人禁制にもかかわらず力士で、浮世絵に多く登場することにも得心が行く。
屈強にして柔和な眼差し。漂う温柔。艶やかな鍛えられた肉体と髷(まげ)と化粧まわしの典雅な統合体。
浴衣姿が、これ以上にない様(さま)を醸し出す力士。男女を越えて惚れ惚れさせる男たち。

中でもひときわ傑出する一人、天賦の才に恵まれ、奔放な人柄にして美男と、天が二物も三物も与えた、「努力」を言葉で表わすことを苦手とする、第52代横綱(横綱在位1970年3月~74年7月)、千代の富士と北勝海の二人の横綱を育て、現NHK解説員で、話しっぷり、批評の内容、おしゃれ姿から私たちを魅了してやまない北の富士関が、放送時間1分ほどの制約の間で言った取組中と取組直後の言葉。

「(勝負が決まった瞬間) あっ!
(その直後) 日馬富士のダメ押しではないとは思うが、大変だ。それにしても何と不運なお相撲さんだ。」

改めて直覚させられた氏の優しさ溢れる人柄。実直。愛情の深さ。
そのことは、強く篤い師弟関係の錣山(しころやま)親方(きっぷの良さが際立つ元関脇寺尾)が、弟子豊真将に掛けたという「しっかりと治そうな」の響きと、私の中で共鳴する。

私を完全に横に置いて益々確信的に思う。「言葉は人なり。」
もちろん天地の差の解説者はいるが、ここで私が言うことではないだろう。

その豊真将関。
取組前の、後の、端正な所作・礼儀、取り組みでの、日々での真摯さはつとに知られている。
いつぞやインターネット検索で知った、八百長経験のある元幕内力士の、4年ほど前とは言え、次の発言は、話半分としても十分説得力がある。

「力士の取組の中でこれは絶対、ガチンコだと自信を持って言えるのは昨年の九州場所で白鵬の連勝を止めた稀勢の里、真っ正直で不器用な豊真将くらいだ。」

「国技」となったゆえか、人倫に関してひとしお厳しい視線が注がれているように思える。
それは当然なことなのだろうか。

人に道徳、倫理があることは自明であって、層一層厳しく言う人々は何を要求しているのだろうか。
しばしば使われる言葉で言えば、品格?

品格を否定するはずもないし、伝統を再考、再吟味する温故知新に同意する一人として、確実に袋小路に入った日本の今を考える糸口の言葉になると思うが、しかし、どこか違う。
それが先に書いた私の「理と気」で、その違和感は「国」日本、日本人の、文化への眼差しの違いなのかもしれない。

大らかにして繊細、人と人との・人と自然との和(なご)みを貴び、言霊を今もどこかで信じ、「おかしみ」を愛し、「悲・哀・愛」の三つの「かなしみ」が生の底流にある日本、日本人と思っている私との違い……。

「気」があっての「理」を思えば思うほど募る、豊真将のような力士に、均一に規定を当てはめることへの距離感、そして日本らしさについて。

彼・豊真将のような行跡(ぎょうせき)者には、再起、再出発の時を、憐憫ではなく、当然のこととして、例えば幕内幕尻に置くという考え方が生きる地点はないのかどうか。

規定を作ったのは人であり、一律に規定を当てはめるのも、そのことに疑義を持つのも人であり、内容を臨機応変討議するのも人であり、より良い方向への改訂の英断をするのも人であり、一度の人為に完全があるかのような振る舞いはあまりに高慢である。

しかし、“道(どう)”に精進する力士たちにとっては、「人事を尽くして天命を待つ」、北の富士関が言う「不運」は、天意のそれであって、運命として受け入れることが正統で、いわんや豊真将、私のような考えは理不尽であり、不可解にして迷惑至極なことなのだろうか。

それでも思う。
2011・3・11以降、「子どもたちのために」との言葉(フレーズ)が増えた今、提議しても良いのではないか。

「人力で禍は防げない。しかし心積み重ね、自己練磨していれば、あなたが願う時ではないかもしれないが、或る時、天は確実に救いを、示唆を、あなたに与える。」と。

それを心に持つことで、その人の「生きる力」の輝きが生まれてくると思うのだが、どうだろうか。