ブログ

2022年10月23日

多余的話(2022年10月)

『Happy Retirement』

 不良在庫を抱えた赤字体質のライフサイエンス部へ転属して直ぐに、部員へ「しっかり休暇を取りましょう」と伝え、率先して竹富島の民宿で過ごした夏。
海に潜り、よく眠り、星を見ながら泡盛を呑んで、また眠る毎日。時計、髭剃、眼鏡が要らなくなり、新聞も本も読まなくなった。
日焼けした顔で職場に戻り、藪から棒に「当部の中国との貿易比率を20%程度に抑えましょう」、「販売先の数を三分の一に絞りましょう」という新方針を伝え具体策の協議を始めた。

「中国業務に非ずんば、仕事に非ず」は大袈裟でも、「中国貿易に強い」とされてきた会社のなかで、「中国関係の売上げあります。中国語使います」といった抑制方針を出すこで、先ずはバランスの取れたライフサイエンス事業をしっかり育てる覚悟だった。

特殊品とされていたイタリアからの医薬原料、カムチャッカからの魚粉飼料、タイやオーストリアへの機能性飲料原料、韓国からのキトサン等への注力度を上げて、取引の質や機能の充実に努力した。
三顧の礼で薬剤師資格を持ち、医薬営業の経験豊富なOBに復帰願って、ライフサイエンス業務部門に最低限必要とされる医薬品管理組織の法的整備を行った。

2001年9月は狂牛病騒動と同時多発テロ事件が続いた為、ライフサイエンス事業の難しさを学ばされ、且つ世界的視野が求められることを実感した。

個人的にはイタリア語学校で語尾変化に苦労し、真冬のカムチャッカ半島や大雪のミネソタで凍る体験もした。
ほぼ毎月ミラノ・ジェノバ・フィレンチェを巡る移動は、医薬原料メーカーのフランコ部長の運転に委ねた。車中の長談義で欧州の歴史、文化の奥行を知るきっかけになったと今でも感謝している。

1960年のローマ五輪、1964年の東京五輪の頃が二人の少年時代であり、互いの国の敗戦から復興そして成長への過渡期と重なり、共感する点が多くあった。ただ一つ、企業からのretirementについての意識が大きく異なっていた。

指折り数えて定年退職の時を楽しみに待つ、それは高い税金を長期に納めた者の当然の権利であり、定年延長や再雇用制は考えられないと言うフランコ氏。
そんな欧州人の考えは一般知識としては知っていた。ただ、「会社を辞めてから何をするの?」という質問に対して、何という愚問をと云わんばかりに「義務としては何もしない自由と幸福を得る」と笑っている顔に、エコノミックアニマル伝説が印象として消えない日本人への憐憫の情が含まれていることを感じた。
僅か10日に満たない琉球列島への休暇程度で意識改革などと気負っているようではダメだなとも思った。

 このような欧州と日本の間の人生観や労働観の違いに関する「よくある話」を改めて思い出したのは、中国の日系企業での定年問題についての相談を受ける機会があり、少し調べて見たことがきっかけだった。
よく知られているように、中国の定年年齢は男子60歳、女子50歳(幹部は55歳)が守られてきた。一方で若年労働者数が頭打ちから減少に転じる傾向が表面化してきた。
中国における第二次世界大戦後の復興は国共内戦の為に遅れた。疲弊した国力を快復させ統治を強化する為、1960年前後に「大躍進」政策が採られ急進的な平等主義と人海戦術が礼賛された。
結果は無残な結果となり、飢餓や国土の荒廃が進行した。一例として、小島麗逸教授が作成した一人当たりの糧食摂取量のグラフを思い出す。
大戦後から1950年末までの日本と中国の食物摂取事情は同じレベルで改善していたが、1960年を境目にして日本では主食より副菜摂取の奨励、生活習慣病の増加、痩身産業の始まりが続いた。
反対に中国では極端な摂取(供給)の減少が見られ、主食で腹一杯になるのは文化大革命末期であった。その「大躍進」時期の出生率は落ち込み、人口回復は1962年以降となったことは、人口ピラミッド図に如実に表れているとおりである。
そして現在、「大躍進」の反動としてのベビーブーマーたちが還暦を迎える年齢に達している。

 日本企業が中国に事務所を開設し、日本語を学んだ若者を派遣会社(FESCO)から送り込んでもらうことは1980年代から本格化した。
上海では、宝山製鉄所建設で鍛えられた日本語要員の転職受け皿にもなった。
1990年代には製造業も加わり多くの派遣採用がなされ業務充実に寄与してきた。通訳だけの業務から、中間管理職となり、マンションを購入し、子弟を留学させる人も出てきた。

今、その人達が定年時期を迎え、対応手続きを初めて経験する外資企業も少なからずあるようだ。
事前に予測し、準備して体制を整えている企業も多いと思う。

反面、現地運営をベテランの現地人スタッフに任せっきりにしていて、定年に関する対応や手続きを、定年対象者であるスタッフに依頼せざるを得ず、混乱しているケースが出ているようだ。ざっと思いつくままに要点を列記すると、

  • 経済保証金(退職金・一時金)制度はない 
  • 養老保険受給年齢=定年年齢(保険料の累積納付が15年以上)
  • 再雇用の場合、公的労働契約が消滅し、企業との私的労務契約に変更
  • 労働法・会社法による保護のない自由契約になる

地域差や多くの実例を調査しないままの初歩的なコメントを付けてみた。

  • 定年(退休)後は、家事や孫の世話をすることが長年の習慣だった
  • 必要とされての再雇用条件は、必ずしも給与減少・職位低下とは限らない
  • 若年層からは昇進や就職機会を狭められることへの不満が噴出する懼れ
  • 健康で豊かな老人は働くことより趣味や旅行などで人生を楽しみたい

併せて背景にある(1)経済成長率の鈍化(2)税収の減少(3)財政赤字の拡大(4)教育福祉制度・年金制度・医療保険制度の未整備等に注視すべきと思う。

 イタリアも異常気象が続いて、山間のセカンドハウスに滞在する時間が長くなっているフランコ氏に現在のhappy retirement生活と意見を聴いてみたい。