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2019年7月10日

多余的話 (2019年7月)   『水無月』

井上 邦久

毒含む言葉なきまま五月尽  

ハーバード大学での記念講話で、「うそが真実で、真実がうそに」すり替えられる世界に於いて市民生活がいかに損なわれるか警告し、 「思いつき」で行動する前に立ち止まってよく考えた方がいいだろうという発言をしたメルケルは、一ヵ月後の大阪での首相同士の対話で「良い友達を選びなさい」と言ったとか。
五月一日、東京新聞を除いて各紙の一面が不気味なくらいに同じ構成だったことに驚きましたが、その後もメルケルばりの直言や諷刺は見つかりません。せめて蒸留水の如き紙面に毒を潜める職人技によって、留飲を下げさせ、紙価を貴めて頂きたいものです。

メルケル講話の日本語全訳と中国語報道と抄訳を届けて頂きました。六日の菖蒲として付記します。
https://logmi.jp/business/articles/321396   https://www.storm.mg/article/1343589          

今年また短か夜の闇ロクヨン忌  

毎年この寝苦しい季節の夜明け前、読書で眼を疲れさせるのが習いです。30年目のロクヨン忌に合わせ発行された中津幸久氏渾身の『北京1998 中国国外退去始末記』を読んで眼が冴え渡りました。         

パラソルに催涙弾の雨が降る  

諦めていた格安航空券が取れたこともあり、急な旅支度で澳門へ向かいました。馬車に乗りながら宗主国ポルトガルの残り香を吸って以来の澳門を歩き、旧式砲台が並ぶ砦の跡を活用した歴史博物館と実業詩人の第一人者と称される鄭観應(1842~1921.上海実業界と文学界の勃興期に活躍)の旧跡を訪ねました。孫文や毛沢東たちが愛読したという代表作『盛世危言』を編述したのも澳門の実家だったとのことで、目下旧宅や資料館を修理整備中でした。
「買弁」の先駆者としても興味があり、改めて訪ねてみたい場所ですが、今回は澳門の故きを温めるより、香港の新しきを知ることが先でした。
主催者側発表で100万人余りのデモの9日、衝突があった12日のあと、200万人デモとされる16日の前日に香港入りしました。 香港人同士は武力衝突をしない、という共同幻想が破れて問題がこじれたため、「反送中」勢力が振り上げた拳をどのように下すか、香港政府からすると下ろさせるかの判断が難しい段階でした。
決起は血気でも可能となるが、収束には冷静さが必要、ということは分かっていても、勢いに任せた動きが加速し、それに乗じて煽られた人たちが「暴徒化」する前車の轍を踏んでしまうことを危惧していました。
赤ん坊を抱いてデモに加わる夫婦や視覚障碍者(警官から白杖を武器と見做されたことで記事になっていました)が参加する無防備なデモと立法府へのヘルメットでの乱入が同じ指揮体系や目的意識から生まれるとは想像しにくいものがあります。
メルケル発言の最終章「希望の6ヶ条」を再読して香港の動きに重ね合わせて考えています。
壊すべき壁は立法府のガラスではないことは明らかです。更に、本土の民主化運動に香港では共感を寄せてきたけれど、香港の動きに本土は概して冷ややかであることがこの30年の変化だと思います。香港では「一国二制度」を堅持する最後の機会とする危機感が満ちている一方、本土の40歳以下の人たちの多くは「一国二制度」そのものを知らない、この大きな温度差。     

令の字につきまとわれし兵の日日  知る人ぞ知る今も夢路に (鈴木七郎)  

春から続いた「△△で最後の・・・」、「✕✕で最初の・・・」という騒音に近い、しかし、かなり恣意的な大合唱もようやく終息したかと思い始めた6月14日に、岩波文庫から『文選』全6冊の最終巻が発売されました。付録として張衡の『帰田賦』がシレっと添えられていました。
昨年末に『張衡の天文学思想』(汲古書院)の新刊広告を見かけたこともあり、著者である高橋あやめ氏のエッセイを掲載した4月11日付の東京新聞を友人から送って貰いました。 そこには、「4月1日に俄かに張衡の『帰田賦』が話題になったことはエイプリルフールの冗談ではないか」と冷静に、且つユーモアを交えて綴られていたので安堵しました。
この項は舌足らずですので、続きは岩波文庫の『文選』詩論(六)に挟み込まれた付録を立ち読み頂くか。図書館で東京新聞を閲覧願います。

大阪を真空にして虎が雨  

空梅雨で終わるのかと思いきや、G20と小台風が湿気を土産にやってきて、大阪の街は遠隔地ナンバーの警察車両と道案内が不得手な警察官が角々に立つ姿だけが目立ちました。郊外に位置する茨木のタクシー運転手さんは「こんな地域まで人出も車出も絶えてしまい不気味な雰囲気。商売?エエ訳ないやろ!」と一瞬怒ったふりをしながらも、「仕方ないわな・・・」と中国人が「没辨法(メイ・バン・ファ)」と言う時と同じ口調で絞り出していました。

        夏草を巨象二頭が踏みつぶし         

    水無月をまだ売る店に買いに行く